コーシー
Augustin Louis Cauchy
Born:
21 Aug 1789 in Paris, France
Died:
23 May 1857 in Sceaux (near Paris), France
肖像画
コーシーの名前は教科書の
「コーシーの平均値の定理」
という
何だかよくわからない定理に名前がついていたという記憶だけの人も
多いかも知れませんが,実はすごく偉い人なんです.
応用数学などを習った人は
「コーシーの積分定理」「コーシー・リーマンの
関係式」
などたくさん名前を聞いたことがあるかも知れません.
コーシーの生まれる1月前にフランス革命が起こった.彼の父は危険から
のがれるため,小さい村に住んで子供を育てた.大恐慌時代を生きのびた
ためコーシーは病的な子供になり,一生涯自分の健康には注意しなければ
ならなかった.
彼は信心深いカトリック教徒で,1830年7月革命でシャルル10世が亡命した
ときは彼もパリを離れた.
1837年にパリに戻ったが国王ルイ・フィリップに忠誠を誓わなかったため
公職につけなかった.
この辺の生き方は
ラプラス
と対象的ですね.
コーシーと解析学
解析学を作った人々(パート2)も参照
コーシーの偉さをわかってもらうために,コーシー以前のと人々が
どんな間違えをしていたか見てみましょう.
ライプニッツの間違え
1 - 1 + 1 - 1 + 1 ... = 1/2
オイラーの間違え
... 1/x^2 + 1/x + 1 + x + x^2 ... = 0
x^2 は x の2乗の意味
ライプニッツ
,
オイラー
といえば当時最高の天才2人です.彼らが何でこんな簡単な
(皆さんだって間違えないよね)ミスを犯したのか?
それは当時は「無限に足す」「...」ということの意味がはっきりと
分かっていなかったのです.現在では
収束
という言葉で意味づけされている.
この収束の意味をはっきりと示したのがコーシーだったわけです.
少し理屈っぽい話をすると
1 - 1/2 + 1/3 - 1/4 + ...
の様な数列は適当に足す順序を変えるとどんな数にでも収束させることが
出来ます.(答えがたくさんあるということ)
これ以来数学においては
厳密さ
が急速に重視されるようになった.
実際,コーシーがアカデミーで級数の収束に関する最初の論文を
読み上げたとき,
ラプラス
は自分の書いた『天体力学』の中で使っている級数に
間違えがないかどうか確かめるために急いで帰宅したと言われている.
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